賈島の詩「尋隱者不遇」に思う

    尋隱者不遇 

        賈島  

  松下問童子, 松下 童子に問えば

  言師採藥去。 言う 師は薬を採らんとして去れり
  只在此山中, 只だ 此の山中に在らん

  雲深不知處。 雲深くして 処を知らず

 

隠棲の友人を尋ねたが不在、松の下で弟子の童子に聞けば、師は薬草を採りに行かれたという。この山の中だ、しかし、雲霧の深い山中のどこにいらっしゃるかはわからない。

 

「尋隱者不遇」は、中唐の詩人賈島(779-843)の五言絶句。

賈島は苦吟で名高く、「推敲」の言葉は、賈島が「僧は推す月下の門」の「推す」を「敲く」にしようかと迷い、韓愈の助言で「敲」にきめたという話しからきています。

この詩も一見、簡単に見えますが、童子との問答を一問一答ではなく、童子の答えを並べることで表し、詩人の詰問する内容や様子まで感じ取ることができます。

 

詩人が尋ねた友人が誰であったのかは定かではありません。つまり実在しなかった人物を架空して作られたとも考えられます。また隠者は詩人が求めた理想のあり方だったのかもしれません。

尋ね求めた隠者には遇えず、つまり理想にはたどり着けず、いまだ雲霧の中であるという思いの表出と読むこともできるでしょう。

短い絶句ではありますが、想像を広げてくれる詩です。

 

この詩を読んで、ある大学の教授を思い出しました。知人のあいだから「仙人」と呼ばれていた彼は長く携帯電話を持たず、彼を尋ねてくる人を困惑させました。しかし、彼のあり方を尊敬と羨望の眼差しで見ていた知人も多かったように思います。

 

繁雑な現代社会にあっても、生き方を自分で選び取ることは可能です。

今日も、彼の携帯電話は大学の研究室に置かれたまま、静かに震えているかもしれません。

 

  携帯の着信音の響きたる主のいない研究室で   cogito

 

 

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