韋莊の詩「送日本國僧敬龍歸」に思う

送日本國僧敬龍歸

         日本國の僧敬龍の歸るを送る  

    韋莊

扶桑已在渺茫中, 扶桑は已に渺茫たる中に在り,

家在扶桑東更東。  家は扶桑の東の更に東に在る。

此去與師誰共到, 此こを去りて師と誰か共に到らん,

一船明月一帆風。 一船の明月 一帆の風。

 

扶桑は、もはや、渺茫たる彼方にあります。

あなたの家(国)は、神木の扶桑のあるところの東、そしてそのまた東です。

ここを去って、誰が敬龍法師と共に行くのでしょうか。

それは、船の上に輝く明月と、その船の帆に吹きつける風のみです。

 

「送日本國僧敬龍歸」は、唐代の詩人韋莊(836?-910)の七言絶句。

この詩は、日本から仏教を学びに来た僧侶敬龍の帰国に際し作った送別詩です。

 

唐の末期、日本は唐の国内の混乱を理由に、文宗開成3年(838年)を最後に遣唐使の派遣を中止しました。

仏教を学び、経典を求めて遣唐使と共に中国に渡った僧侶や学僧は、その後、商船に乗って中国と日本を往来しました。

韋莊が虢州の村に住んでいた頃、中国に留学していた僧侶の敬龍と親しくなります。

その後、敬龍が留学を終えて帰国する際に、韋莊は敬龍を送るためにこの詩を書いたといいます。

 

遙か遠く神秘に包まれた国日本に帰国する友人を案じ、旅路の安全を祈った詩です。

異国の友人に対する友誼と惜別の情が自然に発露した美しい詩だと思います。

 

今も中国では旅の安全を祈って《一帆風順》や《一路順風》などの言葉を贈ります。

現代とは比較するまでもなく、古代の船旅には危険がつきまとい、命がけの航海でした。

そうした厳しい旅路に発つ友人に対する、自分は随行できないが、少なくとも美しい月と穏やかな風が友人に伴い、無事に旅を完遂させてほしいという詩人の思いが胸を打ちます。

 

長い時間をかけて日本と中国の間に架けられてきた友誼の橋、その意義を今一度考えてみたいと思います。

 

参考:《唐诗鉴赏辞典 新一版》2013年,上海辞书出版社,1426-1427页

https://so.gushiwen.org/shiwenv_051a13378bfa.aspx

 

 

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