王駕の詩「雨晴」に思う

      雨晴

         王駕 〔唐代〕

雨前初見花間蕊,雨後全無葉底花。

蜂蝶紛紛過牆去,卻疑春色在鄰家。

 

雨が降る前、花は蕊がやっと見える程度に開いたばかりであったのに、雨があがって見ると、(花は散ってしまい、)もう茂った葉の中に花は無い。
 蝶や蜂が次々と飛んできては、垣根を過ぎていく。もしかしたら、春色はもう隣の家に行ってしまったのだろうか。

 

「雨晴」は、唐代の詩人王駕(851年~?)の七言絶句。

この詩は、晩春の雨上がりの庭の様子を即興で詠んだものです。

 

詩人は、雨が上がった後、庭に出てそぞろ歩きます。すると雨が降る前には、まだ咲き始めたばかりであった花が、雨ですっかり散ってしまっていることに気付きます。そして、蜂や蝶たちが次から次へと垣根を越えて隣家へ飛んでいくのを見て、ふと思うのです。「我が家から消えてしまった春の景色は、隣へいってしまったのだろうか」と。

 

晩春の何気ない情景を詠んだものですが、詩人の子供のような純真な発想に、心が洗われるような気がします。

 

王駕は、晩唐の詩人で、大順元(890)年、進士に及第し、禮部員外郎まで務めます。この詩が作られた時期の詳細はわかりませんが、王駕が官職を辞し、隠遁生活をしている頃のものと思われます。

 

参考:《唐诗鉴赏辞典 新一版》2013年,上海辞书出版社,1528-1529页

https://so.gushiwen.org/shiwenv_4e5ddab99d10.aspx

 

 

潮溜まりに置きゆかれたる小魚を子らの見つけて算段はじむ   cogito

 

 

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