王維の詩「送沈子歸江東」に思う

  送沈子歸江東 

    王維

 楊柳渡頭行客稀, 楊柳の渡頭 行客稀なり

 罟師蕩槳向臨圻。 罟師 槳を盪かして臨圻に向う

 唯有相思似春色, 唯だ相思の春色に似たる有り

 江南江北送君歸。 江南江北 君が帰るを送る

 

柳の揺れる渡し場に旅人は少なく、船頭が舟を漕いで岸辺へと向かう。

君を思う気持ちは、美しい春の色のようであり、今日は江南から江北へ帰ってゆく君を送る。

 

「送沈子歸江東」は、唐代の詩人王維の七言絶句。

この詩は、友人(沈子福)を見送った際に読んだものです。詩人と友人との関係は定かではありません。

楊柳は送別詩によく登場するもので、古代、別れに際し柳の枝を手折って輪にし、旅立つ人に送る習慣がありました。

また、渡頭は旅人を送る定番ともいえる場所であり、ここでは、別離を象徴する典型的な物と場所を示し、別離の雰囲気を醸成しています。

しかし、詩人の目の前には無限に広がる美しい春の景色があり、友への思いもこの春の彩りと同じように美しいと感じます。

 

見送るものと見送られるものの別離の情が深ければ深いほど、その時の風景と思いは、互いの心に深く鮮やかに刻みこまれ、互いの心に留まり続けるでしょう。

 

花咲く、まさに春色の季節、様々な別れと出会いが交錯します。

それは人の一生に淡く切なく、そして美しい一篇の詩の世界として刻まれ、人生を鮮やかに彩るのではないでしょうか。

詩人王維が見て、感じた春色を想像しつつ、今日の春色を五官で味わいたいと思います。

 

参考:《唐诗鉴赏辞典 新一版》2013年,上海辞书出版社,222-223页

 

 

 昧爽に春の嵐の行き過ぎて清まる庭に利休梅咲く  cogito

 

 

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