溫庭筠の詩「春日野行」に思う

   春日野行

    溫庭筠 〔唐代〕

騎馬踏煙莎,青春奈怨何。

蝶翎朝粉盡,鴉背夕陽多。

柳豔欺芳帶,山愁縈翠蛾。

別情無處說,方寸是星河。

 

馬に乗って莎草(カヤツリグサ)を踏みながら行くも、春の景色はいかんともしがたく我が目に映る。

蝶は羽がすでに色あせ、多くの烏が夕日を背に林へと戻っていく。

柳の妖艶さはかえって愁いを増幅させ、起伏のある山は、額に寄せた眉のようにも見える。

心に思うことをどこともなく訴えれば、双方の心は離れてしまう。まるで遠く離れた運河のように。

 

「春日野行」は、唐代の詩人溫庭筠(812?-866年)の五言律詩。

この詩は、春の日に野を行きながら心情を詠んだものです。

 

詩人は春の黄昏時に馬に乗って野を行きますが、心が晴れません。目に入る景物もみな詩人の心を解することなく、空しく映ります。蝶に、烏に、柳に、山にと詩人は自分の晴れない思いをぶつけますが、そのことでかえって心は空しくなり、愁いは増していくのです。

 

心が晴れないとき、目に入るすべてのものが色あせて見えたり、かえって心を逆なでするように見えたりすることがあります。しかし、そのネガティブな思いを言葉にすればするほど、心の憂さが深まっていきます。自分の憂さをどこ彼となくぶつければ、ぶつけられたものの心も離れます。

詩の最後で語られる詩人の思いには、深い道理が込められており、味わい深い余韻がのこります。

 

 

温庭筠は、太原の人。晩唐期を代表する詩人の一人で、李商隠とともに「温李」と呼ばれます。

試験場で隣席の者のために詩を作ってやるなど軽率な行為が多く、科挙には及第出来ませんでした。

宰相の令狐綯の家に寄食しますが、令狐綯を馬鹿にして追い出されます。

その後も進士に及第できず、志を遂げることができないまま各地を放浪したのち亡くなっています。

三百余首の詩と七十余首の詞が残されています。

 

参考:https://so.gushiwen.org/shiwenv_00fa50b2742f.aspx

 

 

頑に何を守るや鋸草問ひて触るるにきざ目葉阻む   cogito

 

 

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